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草間彌生ビトン財布編集

「船瀬《ふなせ》はこの世界での最初のカゲヌシの契約者だった」  と、清史《きよし》はつぶやいた。裕生《ひろお》と清史は駐車場《ちゅうしゃじょう》のマイクロバスの陰に座っていた。気を失ったままの葉《よう》は、裕生の腕の中で穏《おだ》やかな呼吸を繰り返している。 「黒の彼方《かなた》」はすでに彼女の影《かげ》の中に戻っていた。 「船瀬は『レインメイカー』に取《と》り憑《つ》かれて姿を消し、次にわたしが『リグル・リグル』に取り憑かれた。わたしもまた、この世界では最初期のカゲヌシの契約者だった。君の手術があったあの日、わたしの前に卵が現れたんだ」  清史はそこになにかが見えているかのように、暗い目で自分の両手を見下ろしていた。 「……どうして、カゲヌシが葉の顔をしていたんですか?」 「あれはリグルのわたしへの配慮《はいりょ》だ。わたしとカゲヌシの繋《つな》がりはずっと不安定だった。わたしの自我の大半はすぐにカゲヌシに飲みこまれたが、葉について触れられるとすぐに目を覚ましてしまう」  裕生はあの船瀬家での出来事を思い出した。葉の話になったとたん、清史は演技をつづけることができなくなってしまった。 「リグルは生まれてすぐに妻を食った……わたしはレインメイカーを追うことにしたんだ。どうしてもレインメイカーに会わなければならなかった」  そこまで言い終えた時、清史の顔がゆがんだ。 「リグルはわたしに協力したが、あの船瀬の娘を巻きこんでしまった……他《ほか》にも何人もの人間を利用し、そして食ってきた。カゲヌシに取り憑かれていたとはいえ、契約者であるわたしも責任を取らなければならない」  裕生はなにも言えなかった。四年間はあまりにも長い——葉の母親や千晶《ちあき》を始めとして、膨大な数の人間がリグルの犠牲になってきたはずだったはずだ。 「それでも娘のもとに戻るのがわたしの願《ねが》いだった。昔のように暮らすことはかなわない。しかし、せめてもう一度だけ人間に戻って娘の顔が見たかった。そのためにレインメイカーの能力が必要だったんだよ」 「レインメイカーの能力はどういうものなんですか?」  と、裕生は尋《たず》ねた。  葉が目を覚ます前に清史が立ち去ってしまうことは分かっている——そして、永遠に帰ってこないだろうということも。だから、その前に聞くべきことを聞いておきたかった。 「はっきりとは分からないが……どうも、その能力を使えば、サインの階位の中にいるカゲヌシなら人間から引《ひ》き離《はな》すことができるらしい」
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