ヴィトンクラッチバッグ
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null 現場からこれ以上の手がかりが得られないとすると、焦点は犯人の潜伏地点に絞られてくる。  地理状況からいうと、犯人らは犯行直後、一応は北方……五条方面へルートを取ったと推定されるが、むろんそれだけで逃走方向を即断はできない。痕跡《こんせき》の隠滅にこれほど手を尽している奸知《かんち》に長《た》けた連中のことだ。北と見せて南、あるいは東ということは十分あり得るし、またその気になればルートはいくらも開けているのである。  しかしそう遠くではない。県内でなければ隣接府県のどれかだろう、という見込みでは大方の意見は一致した。  人質が伴っての逃避行は距離が延びるほど危険がふえるわけだし、もう一つ営利誘拐の泣き所というものがある。早晩身代金の要求にかからなくてはならないのだから、支払主の柳川家からあまり遠隔では、犯人にとって不便でもあるし、不利でもあるからだ。 「アジトは田舎ではあるまい。おそらくは都会……それもなるべく人口の多い都会だ。やつらがプロならそうするはずだ」  井狩の判断であった。  アマチュアはどこか人目のない山の中が安全な気がするが、ただ逃げ隠れするだけならともかく、生活もしなくてはならない、交渉もしなくてはならない、となると、実は田舎ほど人目に立ち易いところはない。隣人のくらしに無関心な大都会のほうがあらゆる点で犯罪者には有利なのだ。この見解にも大方の係官は同感だった。 「すると、重点地区は本県では和歌山はじめ各主要都市。隣接府県も同様、ということになりますな」と作戦主任格の鎌田一課長が要約する。 「そのとおり。特にこの二、三か月のあいだにアパートや住宅とかに入って来た連中だな。一般市民の仕業とは思えんからな」 「わかりました。早速手配にかかります」  ……こうして次の諸措置が即時実行に移された。  一、警察庁長官、ならびに隣接府県各警察本部長|宛《あて》の支援依頼の公文書。  一、県下全警察署への緊急指令。  一、「柳川刀自略取事件特別捜査本部」の設置。本部長は井狩警察本部長の兼務。  公文書、指令の文案は井狩が自ら起草した。以下にその全文を転記する。 宛警察庁長官 並びに各府県警察本部長