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null「どっちだって同じことだろう」 「たしかに、このアポトーシスという現象が発見されるまでの常識では、細胞の死は一種類しかないものと思われてきた。壊死《えし》だ。英語でいえばネクローシス。下等生物から高等生物に至るまで、すべての生き物の細胞の死に方は、ネクローシスの一種類しかないと、ずっと長い間信じ込まれてきた。信じ込まれてきたというよりは、誰も詳しい研究をしようと思わなかった、というほうが正しいだろう。なぜならば、そんな研究が人類のために役立つとはとうてい思えなかったからだ」  ふたたび自分の息で曇りかけたガラスを拭きながら、村田はつづけた。 「しかし、『秋の終わりになると木々は自らの葉を落として[#「自らの葉を落として」に傍点]冬支度をする』という表現は誰でもごく自然に使うだろう。それなのに、そこに細胞の自殺という真実が含まれていることに、長い間誰も気づかなかったんだ」 「それは、あくまで文学的表現ってやつじゃないのか」 「ときには文学が科学よりも先に真実を見抜くことがある」  村田は、外の景色から安達のほうに目を転じた。 「たとえば、細胞の死が受動的なものばかりだとすると説明のつかないことがいっぱい出てくる。さっきから、ふたごの話題に関連して胎児の世界を取り上げているので、そこに目を向けてみよう。よく言われるように、人間の胎児は最初のころは魚のような格好をしているが、そこから生物の進化の過程をたどりながら人間らしい形になっていく。そのプロセスにおいて、一時期、胎児の指の間にはアヒルの水かきのようなものがある、という話を聞いたことがないか」 「ああ、あるよ」  安達はうなずいた。 「水中の生物から陸上でもっとも高等な人間へと、生物の進化の過程を猛烈なスピードでたどりながら、お腹の赤ちゃんは成長を遂げていくんじゃないのか」 「そう、その考え方はたしかに面白い」  安達はホッとして大きな吐息を洩《も》らした。 「なんでさっさと名乗らないんだ。イタズラ電話かと思ったぞ」 「で、で、で……」 「え?」 「でま、でま、でま……」  安達は眉《まゆ》をひそめた。