ルイヴィトンエピジッピー
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null ソメノが愚痴った。吉田村長の妻が、 「ところで、拓ちゃんたちのお父っつぁまは、幾つで亡くなられたね」  優しいものの言い方だ。 「はい、三十二歳だったんですよ」  佐枝はストーブの上の鉄《てつ》鍋《なべ》から、お椀に吸い物を盛りながら言う。 「三十二!?」  やや疳《かん》高《だか》い声で言い、 「そんなら佐枝さん、あんたまだ、ほんまに若かったなあ。えらい苦労をしなさったねえ」  修平がうなずいて、 「ああ、苦労した、苦労した。何せ、大黒柱を失ったんだ。あとはじっちゃんばっちゃんと女子供だ。子供らも淋しい思いをしたさな」  佐枝が家を離れたことには、さすがに修平も触れない。  何とはなしにみんなが黙った。襖《ふすま》を取り払って、ふた間を通した部屋に、拓一が今日のために造った飯台が二つ並べられてある。そしてその上には、茶飯、茶碗むし、キンピラゴボウ、大根と人《にん》参《じん》の膾《なます》、カスベの煮魚が並べられている。酒は三重団体のしきたりによって、出してはいない。  耕作は、昨夜佐枝が煮つけたカスベに箸をつけた。煮こごりが寒天のようにぷるぷるとふるえる。この煮こごりが耕作は好きなのだ。耕作はその冷たい煮こごりを舌にのせながら、誰よりも苦労したのは、母ではないかとしみじみと思う。母のいない自分たちも淋しかったが、それでも自分には祖父母がいた。きょうだいがいた。だが母は、子供と遠く離れて、赤の他人の中で何年もの長い間、病み臥《ふ》していたのだ。その淋しさはいかばかりだったかと、耕作は今更ながら、佐枝の気持ちを思いやることができるのだった。それは、節子と離れて、初めて知る思いかも知れなかった。  と、その時、田谷のおどが言った。 「話はちがうども、深雪楼のおやじにも、困ったもんだなあ」 「何だ、またあの男、何か仕出かしたか」  修平が茶飯を頬張りながら言う。 「仕出かしたも何も、ほら、こないだ後妻ば追い出したって聞いたべさ」