ルイヴィトンバッグネヴァーフルmm
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null 郵便受けは、門扉の傍にある。ゆうべ、遅く帰宅したので、郵便をとるのを忘れていた。金属製のその小さな郵便函は、前夜の雨でまだ雫《しずく》をしたたらせていたが、ダイレクトメールの陰に、一通の白い角封筒がはいっていた。  宛名は、鳴沢聡子様、となっている。裏返してみた。差出人の住所、氏名は記されていない。  奇妙な、気がした。封筒をあけてみる。  ——ミロのヴィーナスだわ……。  聡子の、手が止まった。  写真が三枚。はいっていたのは、ただ、それだけである。  いずれもフランスのルーブル博物館の秘宝とされているミロのヴィーナス像を、接写した写真である。ギリシャ彫刻の粋とされるまっ白い大理石のヴィーナス像が、右手の窓からの薄明かりをうけ、顔を中心とする上半身のアップや全身像や、遠景をふくめて切れ味のいい焦点レンズで写されており、キャビネ型にトリミングされている。  その写真以外、白い角封筒のなかには手紙らしいものは一通も、はいってはいなかった。おまけに差出人不明。薄気味わるい。どういう意味かしら、と聡子はおさまりのつかない気分で、リビングに戻った。 「ねえ、あなた。妙な写真が送られてきたんだけど、憶えがある?」  金曜日の朝であった。夫の秀彦《ひでひこ》はおきぬけにリビングの椅子にすわって、コーヒーを飲みながら、スポーツ紙を広げていた。  洗面や食事よりもまず、宅配スポーツ紙に目を通して前夜のナイターの結果をみる。それが、取引先の接待や会社づきあいで毎晩、深夜に及んで帰宅する夫の、朝の習慣であった。 「ねえねえ、ほら。ミロのヴィーナスの写真だけど、あなたが誰かに頼んでいたの?」 「ヴィーナス?」  新聞を広げたまま、秀彦は顔だけむける。 「何のことだい?」  首をふった。興味もないし、心当たりもないといった顔であった。  当然かもしれない。秀彦は、美術などとはおよそ縁がない仕事をしている。東証二部上場企業、東北観光開発の東京本社総務部長兼秘書室長であった。近い将来、専務昇格の呼び声さえも高い。エリートコースを歩いているので、いずれ評判どおりに出世するだろう。  東北観光開発は、福島、宮城、岩手、青森など東北六県にバス路線や私鉄、長距離トラック便、タクシー会社などのネットワークをもつ東北交通を親会社として、不動産と観光開発部門を受けもち、東京に本社を据えている成長企業だ。